「ヒトラー~最後の12日間~」再上映

見てまいりました。早稲田松竹!
映画館綺麗でした!良かった!拍手!でも傾斜が浅い!前に座高一座られたらOUT!!


えー、さて。入れ替え制無しの映画館だったため、
「ヒトラー~最後の12日間~」

「白バラの祈り」

「ヒトラー~最後の12日間~」

と繰り返し見たのですが、腰が痛ぇっす!!!
もともと先週から腰痛が酷かったのに、追い討ちをかけてしまい、今は横になっていても痛い!!
痛いーーー!(しくしくしくしく)


しかしです。腰が痛くても、見たかったんです、この映画を。
なんと言えばいいでしょう。何かもやもやとすっきりしない物が胸に残り、それが何か確認したくて、また映画を見る。そんな感じでした。
結局正解など無いのですけども。
兎に角、勇気を持って演じたガンツ元天使に、最大の拍手と賛辞を贈りたいと思います。






「ヒトラー~最後の12日間~」

購入したパンフレットには、各国メディアの評が載ってありまして、その中の一つに『殺人鬼の人間性を振り返る必要など、どこにあるのだろうか。(ターゲスシュピゲール紙:ドイツ)』と言うのがありました。
確かに、この映画の中のヒトラーには、人間味溢れる部分も描かれていました、でもだからこの映画が間違っているとか、そう言い切る気には私はなれませんでした。
観客もバカではありません。
要点はそこじゃないのです。

私は映画を見ながらずっと「どうしてこんな普通の感情も持ち合わせている人が、人種の優劣とか、大量虐殺とかを行ったんだろう?穏やかに会話しているその裏で、年若い秘書達に逃げろ、すまなかったと謝罪しているその口と同じ口で、人殺しを指示しているのだ。」と、映画に流れている場面と表裏一体にある事を、うすぼんやりと思い浮かべていました。

何故?
どうして?


この映画ではドイツの降伏までの数日が描かれているので、軍人達が華やかに闊歩していた時代は描かれていません。しかし、この映画で出てくる追い詰められ憔悴していく将校達にも、ドイツ軍華やかりし頃には、利益を享受し、特権階級を振りかざして好き勝手にやっていた時代もあったはずなのです。この映画は、表(降伏までのドイツ軍の惨状)を映しながら、裏も描いてる気がして仕方ありません。

あくまでも最後まで、ある一定の統率と均衡が保たれているヒトラー周辺と、すべてがめちゃくちゃな市街地の様子。その対比も言わば「表」と「裏」の象徴のように思えるのです。
一方向だけで見てはいけないんだよ。自分達が見てるものには、必ず見えてない部分が存在するんだよ。そう言われてるような気がするのです。

そして、どこで道を間違ったのか。
間違ったと気付いたときに、人は行動できるのか?
人はどう行動するべきなのか?
気をつけなさい。
過ちは繰り返してはいけない。と。


「好き勝手に暴れてる姿を見たから、悪い人。
追い詰められて悩んでる姿を見たから、可哀相な人。」

あっさりそう思ってしまうのが一番怖いと私は思います。
事はそう単純で簡単な問題ではないと私は思います。
そして、多くの観客は、それに気付きながらこの映画を鑑賞していると思います。
観客はそれほどバカではない。
物言わぬ多くの人は、ちゃんと理解して見ていると。

「白バラの祈り」と併せての鑑賞をお勧めいたします。
絶対に2本続けて見てください。お勧めです。
※「白バラの祈り」にはSCHNEELAND」のお嬢さんが出ています。
こちらの作品でも見事な演技をなさっていました。


えーと、トーマスさんの事も少し・・・。
トーマスさんは、ヒトラーと最後結婚したエヴァと言う女性の義弟にあたる人の役です。
彼もまた、運命に翻弄された男という設定で、トーマスさんの容貌とあいまって、終盤の退廃的且つ刹那的な最後は、なんとも哀れでした。
周囲の軍人と比較すると随分と現実的な物言いをします。ともすれば周囲がガチガチな分、多少軽く見えるぐらい。ですがそれも、エヴァの義弟、つまり総統の愛人(現実には妻)の親戚なのですから、地位がある程度保障されていて、安心していた現われだっただったのかなぁ。とも伺えます。

しかし。戦争映画を見た後は、やはり重い気持ちになりますね。
あぁ。本当に戦争は嫌です。

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